通勤電車で前にいた女(2)

はやく抱きたい

彼女を追って、電車を降りたものの
これからいったいどうしたいのか、自分でもわからなかった。


ただ、抑えきれない性欲の命ずるままに
数メートル前を歩く彼女の後ろ姿を見失うまいとしていた。


彼女の利用する駅は、新宿から特急で一駅のところにある住宅街にあった。
駅前にちょっとだけ飲み屋やコンビ二、ファミレスのチェーン店があるだけの
これといった特徴がない街だ。
自分の駅と新宿駅にあることもあって、まったく知らない街ではないものの
きちんと降りたこともなかった。


改札をでるときは、一緒に数十人があるいていたが、
5分も歩けば、ほとんど同じ方向にいく人はいないだろう。
このままストーカーばりに後を追っていっていいものか、
俺は考えあぐねていた。


すると、彼女は駅前の一角にある、
雰囲気のあるカフェに入った。
すかさず俺も続く。


オープンカフェ的なテラスもあるが、
彼女は店の入ったばかりの座席にすわる。
俺は、隣の席、といっても彼女は意識しずらいように
中合わせになるようなカタチですわった。


慣れたふうにメニューも見ることなく
「アボガドバーガーセットを」と注文する彼女。


すこしハスキーな声音は、俺好みだ。


俺はメニューから
スパイシーチキンサンドイッチを頼むと
背中にいる彼女へと意識を集中させた。


彼女はとくに俺に気づくこともなく、
本を読み始めている。

と、その時彼女の携帯電話が鳴った。
全力で聞き耳を立てる。

「はい」
「なんだお母さんか?何か用?」
「うん、今週は帰らない。恵美の予定?知らないわよ」
「うん、うん……。ええ?それ本当?……うん」

彼女の表情が変わった。何か起きたようだ。


「うん、わかった。病院の場所教えて。
いま外だから、あとでかけ直す。うん、じゃ、ありがとう」

彼女は電話を切ると、再び本に目を落とす。
だがあきらかにさきほどとは様子がちがっていた。
少し急いでいるようだ。


本を読みながら、アボガドバーガーを食べ、
添え物のポテトを1つ2つ口にすると
彼女はそそくさと店をでる支度をしている。


もちろん俺のほうはいつでも席を立てる。


と、彼女がレシートを手にすると、足早にレジへと向かった。


よし、俺も続くか、と思ったその時、
彼女が座っていた座席に革製のポーチが落ちているのを見つけた。


彼女の? 咄嗟にすばやくポーチを拾うと
自分のバッグにすべりこませた。


思わず誰にも見られていないか、あたりを見回す。
うん、大丈夫だったようだ。


俺は支払いを済ますと、彼女に続いた。
そして歩きながら、いま拾ったポーチをそっとカバンから出して中身を確認した。


ポーチは、男の俺でも知っている高級ブランドのものだった。
なかには、数枚のカード類と運転免許証。


ビンゴ!


ポーチは彼女のものだった。


彼女の名前は、山■香織。
住所は、■■谷区■■■沢5−10−10レジデンス■■■沢508。
確かにここからなら5分もかからない場所だ。


なんという幸運。
名前と住所を知っただけで、
俺はすでに彼女を本当の恋人であるかように錯覚し始めていた。



さて、こいつをどう利用しよう?
俺の考えはすでにそこにあった。



1)直接本人に届けにいく。
2)そのまま持ち帰ってしまう。
3)警察に届ける。


順当に考えれば1だが、このまま行くべきかは考えたほうがいい。
しかも、さきほどの電話のやり取りを聞くと親元を離れて暮らしているらしいから、
いきなり男が訪ねていったら警戒される可能性も高い。
彼女と知り合える可能性が高まるとも、完全に拒絶されるともいえる。


2は、男の態度としては、微妙だが、気持ちはわからなくもない。
ただし彼女との関係は良くも悪くも何も変わらない。


3は、社会人の行動だが、せっかくの接触チャンスを逃すともいえる。



さて、どれにすべきか?
先を歩く彼女の数メートル後ろで私は考えあぐねていた。



だが、ポーチのポケットを調べてみたとき、
思いもかけぬモノを俺は発見した。
それは銀色の部屋のカギだった……。



「おいおい、マジか……」
思わず、俺は声を失った。



すでにストーカーまがいのことをし始めていた俺は
この時、一度踏み入れたら戻れない世界へ飛び込むことを決めた。


そして、俺は翌日有給休暇取得を連絡すると、
20分後に彼女のポーチを夜のカフェに届けた。






免許証とカギをコピーした後で……。

運よく駅前に合鍵屋があった。ものの5分もしないうちに
合鍵は作ることができた。


そして翌日
静かに彼女の家へと向かった。


あたまの中では、昨日浮かんできた
妄想でいっぱいだった。



(つづく)